MOTTAINAI通信

2007.10.24

MOTTAINAIが米メディアに初めて登場!

MOTTAINAIキャンペーンが、絵本「もったいないばあさん」を発表した真珠まりこさんらのインタビューとともに、米国公共ラジオ放送(NPR)のMorning edition News(10月8日放送分)で紹介されました。

NPRは中立公正で定評のあるメディアです。

(以下は、ワンガリ・マータイさんがMOTTAINAIとともに取り組んでいる「グリーンベルト運動」事務局のサイトに、NPRの放送内容に基づいて掲載したものを翻訳しています)

◇もったいないばあさんが日本に思い起こさせる“ものを大事にする心”◇

デボラ・アモス(ホスト):国民公共ラジオ放送(NPR)とナショナル・ジオグラフィックは気候変動問題に関する取材のため世界中を飛び回っています。今朝、私たちは日本にいます。京都議定書は10年前にここ日本で採択され、世界の多くの国々を温室効果ガス(GHG)の削減に取り組ませている大きな気候変動に関する取り決めです。

スティーブ・インスキープ(ホスト):現在、GHGの削減は、環境保全を通じて進めるのが一つの道です。そして日本は生活に根付いたスモールでスマートな伝統があります。しかし、それはまたよい暮らしを求めることにつながり、よい暮らしはたくさんの電気を必要とします。NPRのデビッド・ケステンバウムは今回の取材で日本へ向かい、4つのリモコンと温熱便座のあるトイレ、それにコンピューター制御で使用方法を説明してくれるお風呂に泊まったことがあります。ところが、彼は“もったいないばあさん”という人気の児童書の中にこうした実態とは異なるメッセージを発見します。

ケステンバウム:その絵本はもったいないばあさんがやってくるところから始まります。それが始まりの儀式か、なんらかの走り寄る原因があるのかはそれぞれの見方にお任せしますが、“MOTTAINAI”と言ってやってきます。MOTTAINAIは簡単に訳せば「無駄をするな」ということです。絵本をみると、もったいないばあさんは少し頑固でロールパンのように髪の毛を結い上げ、杖をついています。誰ももったいないばあさんの目を逃れることはできません。「もったいない」、彼女は歯を磨いている孫にお水はカップ1杯で十分だと叱ります。

多くの日本人にとって小さいころに経験したことのある光景で、それはとてもおかしいようです。

Yuko Kawanishi(東京学芸大准教授=児童心理学)
もったいないばあさんは素晴らしい存在です。

〜中略〜

ケステンバウム:ばあさんは明らかに子どもを愛していますが、何かにつけ、目の前のものをすべて利用しないと我慢できないたちなんです。

Dr. Kawanishi:私の祖母はこれほど手厳しくはありませんでしたが、ちょうど同じように考えることがよくありました。

ケステンバウム:あるページには、お茶碗にご飯を残した孫に、もったいないばあさんが「ご飯をなめさせておくれ」と言うと、孫はもじもじしたりしています。

Dr. Kawanishi:そして彼女は私の顔中なめ回します。オエー。でもばあさんは言い続けます。「もったいない、私にお茶碗をなめさせて」ピチョ、ピチョ、ピチョ。

(笑い声の挿入音)

ケステンバウム:日本の人々は「ご飯を残したら駄目という言葉は、数千年忘れられていた大昔の教えではなくて、子どものころにしつけられた」と教えてくれました。

私たちの通訳、Junko Takahashiは「子どものころにご飯を食べ残したら目が見えなくなるよと脅かされていたので、今でも4,5歳のころにおなかがいっぱいで食べ残したときのことを覚えている」と話してくれました。

Ms. Junko Takahashi(Interpreter):私が泣き出して、父親に「もう食べられない」っていいましたが、父親は「全部食べなさい。そうしないと床につけないよ」と言われました。夕食後、ほかの家族は休んだけど私はご飯の前で泣いていた。それで父親のところへ行き、「まだ食べられない」と言いましたが、父親は「知らないよ。お前は全部食べなさい」と言いました。それからというもの30年以上、私は子どものころのトラウマからご飯を食べ残せなくなりました。

ケステンバウム:ほう、それでどこまでが美徳で、どこからが神経症なんですか?

Dr. Yuko Kawanishiは「Mottainaiは古い仏教の言葉ですが、同時にすべてのものに命が宿るという神道の教えでもあるのです」と解説する。

Dr. Kawanishi:私たちは自然の一部であるという全体思想があります。それゆえ私たちは自然と調和をとって生きるべきだということになり、それは日本人の深層心理を形作っています。

ケステンバウム:しかし、mottainaiの考え方は同時にとても深刻な日本の現実に根付いたものですね。日本には天然資源がなく、歴史的に輸入に頼ってきた。近年まで日本は相対的に貧しかったですね、今はそうではないけれども。

(子どもの話し声の挿入音)

東京は、たとえニューヨークから来た人でも感激するかもしれません。巨大なピンボールマシンの中にいるようなものです。いくつかの通りはとても明るく、屋内から外に出たのか、夜から昼になったのか判別できないぐらい。そして現実的には、たとえガス排出量の削減努力をしたり、人口減少社会に突入したりしてはいても、日本は90年から炭素排出量が増え続けています。

国中でマンションやオフィスが増え、さらに電気が使われていますが、mottainaiの思想はいまだにどこかに文化的なDNAとして根付いています。お風呂の残り水を選択に再利用することを知らない人はいないし、ゴミ箱は単なるゴミ箱ではなくボトル用やカン用などリサイクルするために3つかそれ以上の種類に分かれています。

いまの日本は2つの考えが居心地悪く、同じ頭の中に同居しているように見えます。一つは「もう無駄遣いしない」という戒めで、もう一つは大型SUVのHummerのように「近代社会にあるべきものはほしい」という欲求です。
(エンジンの挿入音)

ケステンバウム:私は東京にあるHummerのディーラーを訪ね、髪を束ねた33歳のデザイナー、Fujimura Ikuzoに出会いました。彼は「Hummerがほしいけど、ちょうど収まる駐車場がないんですよ」と話していました。

Mr. Ikuzo:本当に駐車場を計ったんですよ。

ケステンバウム:ハイブリッド車が日本ではよく売れていますが、彼には合わないと言っていました。

Mr. Ikuzo:ハイブリッド車は長距離を少ないガソリンで走っていいけど、退屈だよ。

ケステンバウム:気候変動のことは心配してる?

Mr. Ikuzo:はい。

ケステンバウム:Ikuzoは環境のことを意識しているのは日本ではかっこいいと言っていました。彼は風呂の残り水をペイントブラシを洗うために再利用しているそうです。

Mr. Ikuzo:僕はたくさんのガソリンを浪費しているので、できることから取り組んで自分なりにバランスをとろうとしていますよ。

ケステンバウム:そして、この現実こそが気候変動問題に関して世界が直面している最も中心的なジレンマです。みんながどれだけの犠牲を払うべきなのか?私たちは犠牲を払う必要があるのか?一国の動向を見極めるのは難しいが、このもったいないばあさんの絵本は人々の琴線に触れたようです。すでに40万部を売り上げています。

真珠まりこ(もったいないばあさんの作者):こんにちは。私は真珠まりこと申します。私がもったいないばあさんの絵本の作者です。

ケステンバウム:私は出版社のオフィスで彼女に取材しました。それは東京の中心部が一望できる高いビルの最上階です。彼女が絵本を書いたのは、彼女の4歳の息子がなぜ食べ残してはいけないのかを理解していなかったからだと話してくれました。

ケステンバウム:あなたはmottainaiが忘れ去られた教えだと思いますか?

真珠:はい。そうですね…、今の時代はとにかくモノがあふれすぎていて、子ども達が生活のなかで、もったいないの意味を実感することは容易ではありません。私自身は家庭でもったいないという言葉を言われて育ち、自然に理解しましたが、今は努力して伝えようとしなければ、忙しい生活に流されて子ども達は知らないままになってしまうかもしれない。それはとてもこわいことだと思います。子どもたちにはもったいないの意味を理解してほしい、伝えたいという思いから、この絵本を作りました。

ケステンバウム:雑誌や新聞は今、真珠さんに子供向けのもったいないばあさんの絵本を書いてほしいと要請しています。また子供向けのCDソングまで登場しています。

(音楽の挿入)

ケステンバウム:この押し付けがましい軽快なおばあさんは日本人にmottainaiを再認識させる唯一の存在ではありません。ノーベル平和賞受賞者のワンガリ・マータイさんもその一人です。彼女は日本人ではなくケニア出身ですが、日本では著名人であり、彼女は日本人に彼ら自身の言葉の重要性を知らせています。

社会科学者のYuko Kawanishi博士は「このような出来事は日本ではいつでも起こる」と解説しています。「日本という国は西洋化につれて古来からの考え方を捨て、国外からやってきて『あなた方は面白いものを持っていますよ』と指摘してくれる誰かを受け入れる国なんです」と。

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